毎日コロナコロナで気分が滅入ってきますね。
テレビをつけると、
- やれ不要不急の外出は避けろ
- 3つの蜜だ
- 旅行なんてもってのほか!
なんて「極力外出するな、他人に会うな」って感じの雰囲気です。
そんな世間では、
電車でマスクをせずに咳をしただけで、殴り合いの喧嘩になるほど敏感な人たち。
でその一方、感染隔離後にジムにかよってみたり、卒業旅行のヨーロッパに帰りで懇親会に出で感染を拡大させたり、などの行動が問題になっています。
どちらも極端なんです。
私は「偏らずに真ん中である」事を大切にしています。
上過ぎず下すぎず、左右のバランスのちょうど真ん中にいるような感じ。そんな位置に身を置いて、周囲に良い影響力を持てる存在を目指しています。
今回は「真ん中ぐらいがちょうどいい」について書いてみます。
極端により過ぎずほどほどをめざすべき
真ん中の考えを持つことで、こんなメリットがあります。
- 柔軟な考え方を提案できる
- パイプ役になれる
それぞれ詳しく見てゆきます。
柔軟な考え方を提案できる
中間のポジションに身を置くことで、誰とも争うことなく、左右どちらの意見とも内包した考え方を生み出すことが出来ます。
例えば、会社を継続する上で「売上と利益」が求められますが、
- 売上至上主義で数字の為なら働き方なんで不要、パワハラ、残業はあたりまえ!
- 人が大切、働く雰囲気を大切にする中で、良い仕事が生まれてくる
なんて、相反する思考の人たちが存在します。
そんな時、真ん中の人間なら、行き過ぎず緩すぎない丁度いいバランスの提案が可能です。
両者のパイプ役になれる
対立する考えの真ん中に立って、上下左右のどちらからも話しやすい存在となり、その両方をつなぐような役割が出来ます。
例えば、世代間の対立があるとします。
- 最近の若いやつは覇気が無くて何考えてるか・・・
- 過去の栄光ばかり話す老害がウザいな
アラフォーである私の会社での役割は、頑張って働いてきたけどちょっと見通しの甘い「バブル世代」と合理的だけど競争意識の薄い「ゆとり・さとり世代」のバランス役だと思っています。
どちらにも属さず、良い距離を保って、それぞれの意見を柔軟に取り入れようと。
結局調子がいい(優柔不断)なだけではないのか?
でも、結局どちらにも良い顔するだけのご都合主義なだけじゃないの?って思われる方も入るのではないでしょうか?
でも、違います。
「真ん中がちょうどいい」って事を自分で決めて、そのポジションにいるのです。
江戸時代の奉行「板倉重勝」が漫画バカボンドの中で武蔵に話したこのセリフ
「別れ道はいつも心のうちにあるわな。(中略)
真ん中がいちばんいい。
誰かと対峙したとき、それぞれが心を揺らすことなく真ん中であれたら、闘いはおこらない、闘う必要がない。」
真ん中で居続けるには、「周りから入ってくる意見に左右される事無く、どこに本質があるかを常に見極る」という強い気持ちが必要なんです。
ちょうどいい真ん中って?
何をもって真ん中といえるか?その答えは簡単ではありません。
頑張りすぎず・緩めすぎない、その道を進めばひょっとしたら敵が増えるかもしれません。
でも、私は「ちょうど真ん中ぐらいで居心地のいい場所にいたい」
これぐらいがちょうどいいって場所を目指しませんか?